冬の終わり、空は高く晴れていた。
だけど風は冷たくて、吐く息はまだ白い。

あの日、君は急に現れて、急に僕の世界に入り込んできた。
転校生というには少し遅すぎた季節。
隣の席になった君は、名前を告げるときに小さく噛んで笑った。

「呼びにくかったら、なんでもいいよ」

そう言いながら、僕の目をまっすぐに見た。
その笑顔が、不意に胸に刺さった。
冬の光が反射するような、ひとときの眩しさだった。

話すうちに、君は風のような人だと思った。
何かをじっと抱えているくせに、それを決して誰にも見せようとしない。
声は柔らかくて、まっすぐで、だけどどこか遠くを見ているような。

「ここ、意外とあったかいね」

寒い日の昼休み、君が校舎裏でそう言った。
陽があたる壁際で、僕たちは缶ココアを飲んだ。

「東京は、もっと風が冷たかった気がする」

君がそう言ったあと、風が吹いた。
空には雲ひとつなかったのに、不意に白いものがひらりと舞った。

「……雪?」

「ううん、風花っていうんだよ。晴れてる日に風で舞ってくる雪」

君がそう言った時、君の髪にも、肩にも、小さな白い花びらのような雪が降りかかった。
僕は、なぜかその名前を呼べなかった。

翌週、君は突然、転校した。
理由は聞かされなかった。僕も、聞かなかった。

でもその朝、机の中に小さな紙が残されていた。

「呼びにくくなかったら、ちゃんと名前で呼んでね」

ただ、それだけ。
そこに書かれていた君の名前は、今でもちゃんと覚えている。
でも、不思議と声に出せない。

あれから何年も経った今でも、
冬の空に風花が舞うとき、僕は君の名を、心の中だけで呼んでしまう。

ひとひらの雪に紛れるように、
たった一度、そっと咲いて、すぐに消えてしまった——
君という風花を。