春の空は気まぐれだ。
晴れてたと思ったら、雲が湧いてくる。風がひんやり変わって、空気がざわざわする。

「ねえ、雷、鳴るよ絶対」
「マジで?」

陽向は空を見上げて、にっと笑った。

「じゃ、勝負しよ。あそこまで——春雷が鳴る前にゴールね!」

「は? なんで?」

「意味はないけど、今走りたくなった!」

もう理由なんてどうでもよかった。
陽向が走るなら、僕も走る。それが昔からの決まり。

僕らは並んでグラウンドを飛び出した。
まだ部活の声が遠くに聞こえて、誰かが笛を吹いてる。
それでも、僕たちはその声すら背中に置いていく。

住宅街を抜けて、公園の手前、コンビニの角。
「そろそろ鳴るかなー」って陽向がちらっとこっちを見て言う。

その目がちょっと挑発的で、だけどなんだか照れてるみたいで、
思わず足を速めた。

「うわ!ずるっ!」

「勝負だろ!」

「だったら、罰ゲームつける!」

「は!?」

「勝ったら——ジュース。負けたら……今日のこと、内緒にする!」

「……おま、何その選択肢!」

笑いながら走ってたら、ぱしゅんと空気が揺れた。
ゴロゴロと春雷が鳴ったのは、ちょうど公園の入り口。
僕と陽向の足が、同時に止まった。

「……これ、引き分け?」

「いや、私のほうが0.3秒早かった」

「どこ情報だよ!」

「私情報!」

そう言って、陽向はおでこに落ちた雨粒を拭った。

「じゃ、ジュースな。あと、今日のこと……ちゃんと覚えておいてよ?」

僕はペットボトルの炭酸を手渡しながら、
「忘れられるかよ」とだけつぶやいた。

雷は遠くに流れて、
代わりに僕の心の中で、ずっとドクンと鳴りつづけていた。