午前四時。
街がまだ眠っている頃、駅前の広場にはひとりの女が立っていた。

肌寒い春の空気の中、彼女は淡いスカートを揺らしながら、ゆっくりと踊り始める。
音楽は流れていない。
ただ、電車の始発に合わせて、毎朝同じ時間に同じ場所で

通勤途中の警備員が最初に気づいた。
最初は気味が悪いと通報もあったが、やがて誰も騒がなくなった。

彼女は人に近づかない。
何も語らない。
ただ、踊る。

ゆるやかなターン。軽やかなステップ。
風に舞うスカート。かかとで弾くアスファルト。
まるで誰かに届かない手紙を出し続けているような、そんな踊りだった。

「踊り子さん、なんで毎朝ここに?」

ある日、勇気を出した少年が聞いた。
彼女は一度だけ、動きを止めた。

「待ってるの」

それだけ言って、また踊りに戻った。

ある日を境に、彼女の姿は消えた。
誰も見かけなくなった。
いつものように始発の駅は開き、街は目覚めたが、広場には誰もいない。

だが、朝のアスファルトの片隅には、かすかに足跡の模様が残っていた。
その日、あるニュースが流れた。

「五年前、電車の事故で亡くなったバレリーナの遺品が発見されました」
「彼女は毎朝、駅前の広場で自主練習をしていたそうです」

早朝の踊り子は、確かにいた。
それは誰にも触れられず、語られず、
ただ静かに、朝の空気に舞っていた。

届かなかった手紙のように、
誰かを待ち続けた足音だけを、
アスファルトの上に残して。