「また白幕が動いたらしいよ」

この街では、もはやそれが日常の一部になっていた。
どんな悪事も、どんな隠蔽も、白幕の手からは逃れられない。
不正を暴く情報が、誰よりも先に正確に届く。
虐待、横領、誹謗中傷、すべてが静かに裁かれる。

誰も白幕の正体を知らない。
だが、白いカード一枚が、その痕跡として残されていた。

“白幕より。”

それは、裏から世界を浄化していく正義の黒幕
善意による透明な粛清。

人々は最初、それを称賛した。
「この世界にも、まだ正しいものがある」
「誰かが見てくれている」
安心と信頼が広がり、街には静かな秩序が戻ってきた。

けれど、それはやがて息苦しさへと変わっていく。

誰もが、過去のつまずきを恐れ、口を閉ざすようになった。
冗談ひとつにさえ、人は慎重になった。
「バレなければいい」は消えたが、代わりに「何も言わない方がいい」が根付いた。

白幕は今も街を見ている。
完璧に、黙って、迷いなく。
もう、悪はない。
その存在さえ、すでに白幕が裁き尽くしてしまった。

そして、ある時から人々は気づき始めた。

誰も助けを求めなくなった。
誰も「ありがとう」と言わなくなった。

正しい行いが「当然の処理」になったとき、
そこに「善」は存在しなくなる。

かつて「正しさ」だったものは、今ではただの「ルール」になった。

白幕は、今日もそこにいる。
姿を現さず、誰も褒めず、ただ世界を保ち続けている。

悪が消えた世界には、もう善も――いない。