毎月一度、セスという名の行商人が町に現れる。彼の姿はいつも包帯に包まれ、顔すら見えない。彼が持ち込むのは、普通の物ではない。誰もが心引かれる不思議な品々だ。

その日、町の広場にセスが現れると、すぐに人々が集まった。セスは静かに三つの商品を広げた。

「『記憶の箱』、『幸運の石』、『夢の砂』。どれも面白いものだよ。」セスは無表情で言った。

商品を手に取る者は必ずいた。だが、代償が何であるかを知る者は誰もいない。セスは最後に一言だけ告げる。

「何が起きるかは、わかりませんよ。」

その言葉を残して、セスは静かに去っていった。町の人々は、それぞれの商品を手にしながら、セスの後ろ姿を見送った。

その晩、エリカは自分の部屋で「記憶の箱」を開けた。箱の中には小さな鍵が入っていた。鍵を手に取った瞬間、彼女の脳裏にぼんやりとした映像が浮かんだ。数年前、家族と一緒に過ごした夏の日々。明るい日差しの中で遊んだ笑顔の父と母が、彼女の記憶を呼び起こしてくれる。

しばらくその記憶を思い出せなかったエリカだったが、鍵が力を与えたのか、突然、ある出来事が鮮明に蘇った。それは、家族で行った海辺の旅行の記憶。父と母が笑いながら砂浜で遊び、エリカも一緒にその中に溶け込んでいた。

エリカはその記憶に涙を流しながら、胸を熱く感じた。「やっと、思い出せた…!」その喜びとともに、彼女は手を震わせながら記憶の箱を閉じた。

だが、次の日から何かが変わり始めた。エリカは自分が次第に周りの人々から存在を認識されなくなっていることに気づき始めた。最初は誰もが彼女に微笑んでいた。だが、その日、学校で友達に声をかけようとしたとき、彼女は驚愕の事実に直面する。

友達は彼女に全く気づかなかった。エリカが何度声をかけても、彼女の存在はまるで空気のように無視され、他の誰かに目を向けていた。学校で一番仲の良かったサラでさえ、彼女の存在を感じ取っていない様子だった。

その日の帰り道、エリカは母に話しかけた。しかし、母もまた、彼女の言葉を聞いていないかのように振り向きもせず、無表情で歩き続けた。

エリカはしばらくその異変に気づけなかったが、次第に事態の深刻さを感じ取るようになった。家に帰れば、彼女の名前を呼ぶ声は聞こえず、学校でも誰もが彼女を認識していない。ついには町の人々さえも、彼女のことを思い出すことはなかった。

「あれ?あの子、誰だっけ…?」

そう呟く声がどこからともなく聞こえてきたとき、エリカは全てを悟った。自分が誰からも忘れられていくのだと。記憶の箱で思い出した家族との幸せな日々の記憶は、彼女自身が誰からも覚えられていないことを突きつける結果となった。

その日、彼女は町の広場でセスを見かけた。セスはいつものように静かに微笑みながら立っていた。エリカはその目を見て、何かを感じ取った。セスは彼女に向かってただ一言、「何が起きるかは、わかりませんよ」と告げた。

その言葉が、エリカの心に深く突き刺さった。

「私は、もう誰にも覚えてもらえないんだ…。」

その後、エリカは完全に町からも家族からも忘れられ、存在しないもののように消えていった。彼女が再び誰かの記憶に戻ることはなかった。

そして、セスはまた来月、別の町で同じように商いを続けるのだった。誰かが何かを手に入れるたびに、必ず代償がついて回ることを、エリカは心から理解していた。