「でさ、あの先生、また黒板消し忘れてさ〜」

春の風がふわっと吹いて、君の髪が揺れた。
その瞬間、僕の脳内はふいに空白になって、君の横顔だけが焼きつく。

—あ、まただ。

さっきから話の内容なんて、ほとんど入ってこない。
君の声、目の動き、袖口の揺れ、歩幅。
それらが渦のように、ぐるぐると僕の中で回り出す。

最初はただ「かわいいな」くらいだったはずなのに、
気づけば目で追ってて、同じ班になるたびに心拍数が跳ねて、
そして今、こうして隣を歩くたび、何かが絡まってほどけなくなる。

—これって、もう恋なのかな。

いや、もうずっと前からそうだったのかもしれない。

「聞いてるー?ねえ?」

「うん、聞いてた。…たぶん」

君が笑う。その笑顔に、また落ちる。
落ちて、落ちて、気づけば底がない。

頭の中で「好きだ」って何回も言ってる。
でも口から出るのは、うまくごまかす「うん」ばかり。

帰り道の沈黙すら、君が隣にいるだけで心地いい。
なのに、その静けさに甘えてばかりの自分が、ちょっと嫌いだ。

「ね、今度寄り道しない?」

「うん、いいよ」

その「うん」に、どれだけ気持ちを詰め込んだだろう。
君には届かない。でも、それでも、今はいいと思ってしまう。

好きが積もって、言葉にならなくて、
心の中はもう、ぐるぐるだ。

春風に吹かれながら、君と並んで歩く。
スカートが揺れて、笑い声が跳ねて、
僕の心は、また一段、深いところへ落ちていく。

ぐるぐる、ぐるぐる。
終わらないループみたいに。

これが「好き」じゃなかったら、何なんだろう。
でもこれが「好き」なら、どうして何も言えないんだろう。

きっと君の心の中にも、誰かがいて。
そこに自分が入る余地があるのか、なんて怖くて聞けない。

でも、僕はまだ君の隣にいる。
たったそれだけの事実が、今日を肯定してくれる。君の心に、少しでも入り込めたらいい。
たとえそれが、渦の端っこでも。