風鈴がカランと鳴いた。
祖母の家の縁側から見えるのは、広がる田んぼと、遠くにかすむ山々。空はどこまでも青く、蝉の声が昼を知らせていた。

夏休み、僕は毎年この田舎にやってくる。
何もないけど、空気がおいしくて、土の匂いがして、風がやさしい。だけど去年から、この町は少しだけ特別になった。

あの坂道の先——古い図書館の裏にある、ひとつの木陰。

去年の夏、そこにひとりで座っていた子がいた。
風に揺れる髪、素足にサンダル。話しかけたのは偶然だったけど、気がつけばアイスを半分こしていた。

「また、来年も来る?」

そのとき、僕はうなずいただけだった。

今年も、同じベンチを目指して自転車を走らせた。
坂を下る風は、潮と土と草の匂いが混ざっていて、どこか懐かしい。
陽射しはきつく、アスファルトが熱を帯びているのに、不思議と心は落ち着いていた。

でも、ベンチは空っぽだった。

アイスを買って、日陰でぼんやりしていると、肩越しに影が落ちた。

「……やっぱり、いた」

振り返ると、去年と変わらない笑顔。
けれど少しだけ背が伸びていて、髪も短くなっていた。

「遅くなってごめん。おばあちゃんが畑のスイカ割らせてくれなくて」

そんな言い訳を聞きながら、僕は心の中でほっとしていた。

並んで座る。言葉は少なくても、風がやさしく流れていく。
草の匂い。麦茶の甘さ。腕に落ちる陽のあたたかさ。

何ひとつ特別じゃないのに、何もかもが宝物のように思えた。

「来年も、また来る?」

そう尋ねる声に、僕は答えなかった。
ただ、小さくうなずいて、空を見上げた。

夕方の光が二人の影を長く伸ばしていく。
その足元に、夏の匂いがふわりと残った気がした。

胸の奥にしまったその香りは、たぶん来年も、僕をここに連れてきてくれるだろう。