未来では、登り穴と呼ばれる仕掛けが流行していた。
もとはドッキリ番組用に開発された技術だった。
透明な空間に穴を穿ち、通行人をふわりと空へ浮かせて驚かせる。

肉眼では見えない。
専用のメガネをかけなければ、その存在を感知できない。

だが、登り穴の装置は高価だった。
貧しい青年には、縁のない代物だった。

だから、盗んだ。
通りすがりの男から専用メガネをかすめ取り、
街で出くわした老人に登り穴を仕掛け、盗みを働いた。

金も、道具も、力づくで手に入れてきた。

そんな青年が、また一つ、見つけたのだ。
人気のない裏通りで、メガネ越しにかすかに揺らめく登り穴を。

「ツイてるな」

青年はニヤリと笑った。
この穴も、解除すれば自分のものになる。

登り穴の解除方法は単純だ。
穴の最奥──終着点に設置されたボタンを押せばいい。
押せば穴は巻き戻り、吸い込まれるように地上へ押し出される。

迷わず飛び込んだ。

ふわりと体が浮く。

そして、静かに──
地上との繋がりが絶たれた。

気づけば、穴の入り口は消えていた。
地上も、空間の継ぎ目も、どこにもない。

青年は登った。
ただひたすら、空へ、空へ。

数十メートル、百メートル。

普通なら、このあたりで小さなボタンが現れるはずだった。
しかし、いくら進んでも、何もない。

「……おかしいな」

不安が胸を締めつけた。
さらに登る。
だが、何もない。

地上はすでに見えなかった。
上も下もわからない、ただ無限に続く薄暗い空間。

そこで、青年は気づいた。

──この穴には、終わりがない。

胸の内側を、ひどく冷たいものが這い上がった。

助けもない。
ボタンもない。
誰にも、どこにも、戻れない。

「違う、こんなはずじゃ……!」

叫びも、もがきも、空に溶けるだけだった。

かつて笑いながら老人を穴に落とした自分の指先を、
なぜか鮮明に思い出しながら。

やがて彼は、音もなく夜空へと消えた。

地上には何も残らない。
誰の目にも映らない、閉じられた登り穴だけが、
静かに次の”乗客”を待っている。