あの夜、私は目を覚ました。外は静まり返っていて、時計は深夜を指していた。眠れぬ私は、ふと窓を開けて外を見た。月の光が柔らかく街を照らし、どこからか風が吹き込んでくる。眠気が覚め、そっと歩き出す。

通りを歩くと、何かが動いているのが見えた。近づいてみると、そこには小さな黒猫が倒れていた。怪我をしているのか、呼吸が荒い。私はその場で立ち止まり、思わず声をかけた。

「大丈夫?」

猫は私の声に反応し、わずかに目を開けた。その瞳に見覚えがあるような気がしたが、すぐに気のせいだと分かる。私は無意識に手を伸ばして、猫を抱き上げ、家に連れて帰ることにした。

家に着くと、私は猫の傷口を処置した。怪我を癒しながら、猫は静かに私を見つめていた。何度も目が合う。そんなに強く見ないで、と言いたくなるほど、じっと私の顔を見ていた。

「君は、特別だ。」猫は突如、私に語りかけた。その言葉に、私は思わず後ずさりしてしまった。

「え? 何を言っているの?」

猫はゆっくりと立ち上がり、私を見つめながら言った。

「君には、私が持っている力を与えるよ。今から一つ、君の願いを叶えてあげる。ただし、それは一度だけだ。」

私は驚いた。信じられない話だ。こんな猫が話すわけがない。最初は半信半疑だったが、猫の目には何か不思議な力が宿っているように感じられ、だんだんとその話が現実味を帯びてきた。

「本当に?」私は聞き返したが、猫はうなずく。

「そうだ。私が力を授けてあげる。だが、その力を使うのは君次第だ。」

私は言葉を失った。猫が与えてくれる力が本当に現実のものだとして、どんな願いを使おうかと考えたが、結局私はその力を使うことなく、時間だけが過ぎていった。

一年が過ぎた頃、街を歩いていると、突然子供が転びそうになった。私は反射的に思った。

「転ばないように」

その瞬間、子供はまるで何もなかったかのように踏みとどまった。その場面を見た私は、驚きとともに、自分がその力を使ったことに気づく。しかし、それを意識する間もなく、私はそのまま歩き続けた。

振り返ってみると、私はただ小さなことにその力を使っていた。ただ一度きり、目の前の小さな不安を取り除いただけ。あの猫が言ったように、大きな望みを抱かない私は、欲張りではなく、ただ、周りの幸せを守りたいと思うだけだった。

そして、猫はどこかで見守っていた。

「こんな願いに使うのか?」猫の声がどこからか聞こえてきた気がした。

大きな願いを使う者ばかりではない。時には、こんなふうに小さな幸せを願う者もいることを、私は知ったのであった。