長い旅の末、ついに「あそこ」へ辿り着いた。
教本にも、伝承にも、ただ“そういう場所がある”と記されてきた地。年老いた師は「蜃気楼のようなもの」と語った。それでも僕は信じて、探し続けた。

しかしそこは、美しいどころか、異様な静寂に包まれていた。風がない。音もない。草は揺れず、水面は鏡のように静止している。まるで時間ごと固まっていた。

地面には、かすれた掘り跡があった。指先で土を払うと、震える文字が現れる。

──ここは帰れない。
──見つけた人へ。まだ間に合うなら逃げて。

誰かが、僕より先に来ていた。震える手で書いたのか、文字が波打っていた。

背後に気配を感じた。
振り向くと、そこに“何か”がいた。

輪郭だけを持った人型。空気の歪みのような、透けた姿。それが複数、音もなく漂っていた。目も口もないのに、こちらを見ている気がした。

僕は走った。どこかへ。けれど道はなかった。来たはずの道が霞んで、揺らぎ、消えていた。空も、山も、光すらも、蜃気楼に飲まれていた。

ならば、せめて伝えよう。

僕は震える手で、地面に書いた。
「僕はここにいた。名前もないこの地に、辿り着いた愚か者だ」と。
「だが、夢はあった」と。

あのシルエットが迫ってくる。足音はない。ただ、空気がひやりと震える。恐怖の中で、僕は思った。

ここは、“誰かの夢の墓場”なんだ。
そして僕も、そこに加わるのだろう。

──願わくば、僕の記した言葉が、次の誰かの目に触れますように。
僕が蜃気楼になっても。