母がいなくなって、三年が経った。

それでも春が来るたび、食卓のすみに彼女の笑い声が残っているような気がする。炊きたてのごはん、玉ねぎの味噌汁、そして、誕生日にだけ買ってくれたあの、ショートケーキ。

苺がひとつだけ、ぽんと乗っている、やさしい甘さのやつ。

今日は僕の誕生日だけれど、誰も「おめでとう」と言わなかった。僕も、誰にも言わなかった。

夜、疲れてソファでうとうとしていると、不意に夢を見た。

夢の中の台所は、なぜか夕焼けに照らされていて、窓の外でヒグラシが鳴いていた。

テーブルの上には、白いお皿がひとつ。
その上には何も乗っていないのに、甘い香りがふわりと漂っている

すると、後ろから声がした。

「ほら、早く食べなさい。生クリーム、溶けちゃうでしょ」

振り返ると、母が立っていた。エプロンのポケットには苺の模様。やさしい目で、僕を見ていた。

僕は何も言えなかった。ただ、うんうんと頷いて、見えないケーキにフォークを差し込んだ。

何もないはずなのに、ちゃんと柔らかくて、甘くて、涙が出た。

母はにっこり笑って、言った。

「夢でもちゃんと味わってね。わたしの“おめでとう”だから」

目が覚めたとき、テーブルの上には白い皿。
昨日の夜、洗い忘れていた小皿だったかもしれない。だけど――

ほんのすこしだけ、生クリームの匂いが残っていた。