この町のバーには、一風変わった女がいる。
誰もが彼女を「マドンナ」と呼ぶが、それは皮肉まじりだった。

マドンナは美人だった。
背が高く、目鼻立ちが整っていて、声も艶があった。
だが、彼女はとにかく無粋だった。

誰かが洒落た口説き文句を投げれば、「は?何言ってんの?」と首をかしげ、
甘い歌をリクエストすれば、「あたし演歌しか知らない」と即答した。

ワイングラスを渡せば、ぐいっと一気飲み。
スカートの裾を気にするそぶりもなければ、口紅がはみ出していても一向に直さない。

それでも、男たちは彼女に惹かれた。

ある夜、ひとりの青年が勇気を出して声をかけた。
「一杯、どうですか」

マドンナはじっと彼を見た。
しばらくの沈黙のあと、唐突に笑った。

「じゃあ、そこの焼酎、ロックで」

青年は、あたふたとグラスを満たした。
それから、意を決して聞いた。

「どうして、そんなに……飾らないんですか」

マドンナは、焼酎をくいっと飲み干し、言った。

「昔、ちやほやされすぎて、吐き気がしたのよ。
 愛してるだの、女神だの、綺麗だの。
 そんな言葉を浴びるたび、あたしはどんどん、空っぽになっていった」

そして、にやりと笑った。

「だから今はね。空っぽになる前に、全部ぶっ壊すことにしてるの」

青年は何も言えなかった。
ただ、目の前で無邪気に笑う彼女を、じっと見つめるだけだった。

バーカウンターの奥では、ジャズが流れていた。
マドンナは指を鳴らしながら、鼻歌まじりにリズムを取っている。

無粋で、がさつで、だけど誰よりも自由だった。
男たちは今日も、そんな彼女に心を奪われる。

たとえ、その想いが軽く蹴飛ばされる運命だとしても。