放課後の帰り道、あのカフェは突然、そこにあった。

見覚えのない店だった。
でも、看板はくたびれていて、「営業中」と書かれた札は日に焼けていた。
まるで、ずっと昔からあったかのように。

店の名前は《黄昏カフェ》。
古びた木製の扉を開けると、鈴の音がひとつ鳴った。

中は、静かだった。
アンティーク調の家具、カウンターの向こうには年老いたマスター。
客は誰もいない。

「初めてのお客さんですね。どうぞ、お好きな席へ」

僕は窓際に座った。

メニューはない。
マスターは黙ってカウンターの奥に消え、ほどなくして、湯気の立つカップが目の前に置かれた。

淡い香りが鼻をくすぐる。
ミルクティーだった。小さい頃、母とよく飲んだ味。

「……なんでこれを?」

僕が問うと、マスターは静かに笑った。

「ここでは、お客さまが“今一番欲している飲みもの”をお出しするんです」

窓の外は、夕焼けで染まっていた。
ぼんやりとカップを傾ける。
なぜか、胸があたたかくて、少しだけ切なかった。

「ここは、黄昏時だけ開くんです」
マスターが言う。

「帰り道で、少し立ち止まりたくなった人だけが見つけられる。
思い出に会いにくる人もいれば、思い出を置いていく人もいます」

僕はうなずいた。

少しだけ前に進みたくなっていたのかもしれない。
忘れられない何かを、そっと置いていきたかったのかもしれない。

気がつくと、日はすっかり沈んでいた。
店を出ると、もう看板は消えていた。

次の日、同じ場所を通っても、カフェはなかった。

でも、あのミルクティーのあたたかさだけは、ちゃんと残っていた。